屍体としたい?
---Ⅵ---
御苑彩はちかちかする視界ともやもやしている頭と手に残った無数の切り傷と何かいがらっぽい喉への痛みを極力考えないようにして、目を覚ました。
傍らに佐藤時宏に脱がされたものと思われる乱れた服の裾を直しては着て、二階へ上がらず、そのまま校舎を出て、校門へと向かった。校門を抜けて、石段を降りて、百二十坪はある自宅へと堂々と玄関から帰宅した。そして使用人と家族の目を盗んで気づかれないよう自分の部屋まで辿り着き、明かりをつけないままベッドの中に入り、目を閉じた。今まさに、彼女のお話の全てが終わったと言って良い感じだった。
彩は「おやすみなさい」と誰に言っているわけでもないが、一言だけそう告げた。
*
ホムンクルスは、四年前通っていた当時の同じ教室の同じ席に同じような調子で気だるく腰を下ろした。ホムンクルスに続いて、瀬能優希が眠っている庵加奈をつい二時間ほど前に座っていた席に上手く乗せてやると、優希自身もその後ろの席に腰掛けた。次に卓柚木耶が物凄いスピードで教室に飛び込んで来て、倒れている佐藤時宏を背負って、優希と同じように所定の席へと躯を移動させてやる。どうやら意図を汲み取ってくれたようである。その後、のろのろとした調子で沖田暁が、教室を一望してから皆のその意図を察したのか、自分の席へと座る。最後に、はだけた橙色のワンピースを着た六樹館有栖が教卓の男を睨みつけながら、自分の席へと移る。御苑彩は結局、その姿をここに現すことはなかった。十分ほど待って、教卓の男が諦めた様子で「御苑さんは来ない。彼女がこの腐りきった場に相応しくない人間だったからでしょう」独裁者の演説のように、話を始める男。「今から、貴方達にはあるゲームをしてもらいます」
「長ったらしいんじゃ。はよ言えや」柚木耶が語気を荒げて突っ込む。本当に突っ込みそうな勢いだ。暁はどこか茫洋としているばかりである。「こっちゃ、皆がボロボロや。錯乱するどころかほんまに死人が出そうや」
「バトルロワイアル。殺し合い――否、物理的な意味ではありませんよ。貴方達七人――おやおや、皮肉なことに一人が消え一人が増え、また元の七人に戻るとは予言とは皮肉なものですね。いや、失礼しました。繰り返しますが、今から始まるのは物理的な意味ではない。多角的に広い視野で物を考えてみようということです。先だって刺しあい撃ち合いの殺し合いばかりが本当のバトルロワイアルでは、ないと私は認識しております。肝要なのは戦うものの心、つまり心理。それを主に置いた戦いを今から繰り広げようと言うのです。つまりは貴方達七人の精神的な意味でのバトルロワイアル、それも今からフィニッシュを迎えようとしている」
「……終わりが始まる?」暁が言う。「もう、全ては終わったんじゃなかったんか? あれで」
「違います。まだこの狂宴は完全には終わっていません。貴方達はいきなりこんなことを強要させられ、何が何だかわからなくなってしまっているし、はっきりとさせておきたい真意がいくつかあるでしょうけれど……可哀相なことに、まだ、残っているのです。殺し合いがね」
*
卓柚木耶は教卓の男を見据える。男は、能面のような無表情。表情から感情を読み取らせないことを意識しているからなのか、ここから窺える範囲では何を考えているか何を言い出すのかさえさっぱりである。さっき、そこで弁を奮っていたホムンクルスとは対象的に、静かで何一つ動揺が感じられない。男はじっと、そこに立ち尽くしているだけ。
「呼称に悩ませたくないから、一応私の名前だけは教えてあげよう。私はホムンクルスと言う名で呼べば良い」
ホムンクルス? 柚木耶は疑問を浮かべる。じゃあ、今席に座っているホムンクルスはどうなる。
「ちなみにそこに座している彼は、本当のホムンクルスではない。ただ、都合の良い名前がなかったので、一時的に私の名を騙らせてあげただけです」教卓のホムンクルスは、着席しているホムンクルスの方を見ながら言った。「君達のうち、彼の顔を見ている者もいることでしょう。彼は君たちより、年にして四年しか離れていないのです。多分、辻坂で生まれ育った卓柚木耶くんと、この場にいないが御苑彩さんなら、どこかで見た顔ではないかと引っかかったことでしょうね。そして沖田暁くんも辛うじてそれに含まれているかもしれない」
着席しているホムンクルスが苦虫を噛み潰したような表情で、俯いたまま話を聞いている。確かに、教卓のホムンクルスが言うように、柚木耶には最初からどこかで見た顔だ――と感じる節はあった。小学校低学年の時だったか、たまに見たことがあった記憶があったような。
「ほうかい。やっぱり、あんたは辻坂の人間だったんか。」柚木耶は座しているホムンクルスを睨む。「さっきから、何処かで見覚えがある顔やと思っとったんや。それに一回どっかで喋ったこともあったような」
「そうだよ。そいつの知っての通り、僕はこの辻坂林間中学及び辻坂小学校の生徒だったんだからね。小学校の頃であれば、僕だと特定がつくこともあっただろうさ」いきなり着席している方のホムンクルスが、声を荒げて会話に割り込む。「もうここまでばれているのなら、隠しておく必要はない。僕の本名は真野友哉。辻坂在住。暁くん家の近くの一軒屋に両親と一緒に住んでる、ただの大学生だよ」
「そうや、真野や! 真野友哉。確かお前の親は、俺のおかんの知り合いやったはずやて。たまにおかんが、真野の家のこと喋ってくれよったけど、忘れとったわ。そういえば小学校ん時、お前の妹が殺されて騒いでた時期があったな。屍体を見つけたんは俺と暁やった」
今、完全に思い出した。小学校四年くらいの頃だったか、真野の妹で名前は確か、真野桜だったはずである。その真野桜が、辻坂の外れにある誰も近寄らないことで有名な魚人池で屍体となって浮かんでいる姿が発見されたのだ。そして、その水屍体を発見したのが、今目の前に座っている沖田暁と卓柚木耶だったのである。魚人池とは当時、緑色の魚人が出るといういわくつきの池で、丑三つ時に池のほとりに立つと、小さな子供を好物にする魚人が現れて子供を喰ってしまうといういかにもな噂がたっている場所だった。柚木耶と沖田暁は噂の真偽を確かめる為、丑三つ時にほとりに立ってみたが何も起こらなかったと言うのがことの真相でもあった池でもある。その池で、真野桜は屍体となって浮かんでいたのである。
真野桜の死は、当時はマスコミまで来て普段は閑静な辻坂が一時的に騒然となった一大事件でもある。一週間くらいは皆も井戸端会議でそんな事件について熱心に意見を交換し合ったものだが、結局のところ警察には足をすべらせて池に落ちて溺死した、という判断が一時的に下されてしまったのだ。ただ、その後真野桜が書いたものと思われる手紙が、真野の家の天井裏から発見された。手紙というものよりも、単なる書置きみたいにメモされたものであったらしいのだが、その手紙のお陰で事件は一気に自殺という結論を決定せざるを得なくなったのだ。
ごめんなさい。わたしはしにます 真野桜
聞いた限りでは手紙はそんな内容だったと思う。筆跡は鑑定した結果、真野桜のものだったとすぐに判明した。しかも、その真野桜の兄が、今後ろで席に座している真野桜の兄――真野友哉が手紙の筆跡をその目で見て、これは確かに妹のものだと証言したのだ。
「おいおい、妹のことは言うなよな。今でも思い出すと結構辛いんだ。僕の人生のモラトリアム期は、妹の死のせいでぐちゃぐちゃに歪められたわけだしね。トラウマにもなってるよ。妹の変死体見たときなんかは気が狂って、死にそうだった。そうだよ。妹のせいで、母さんや父さんまで一辺におかしくなった。今、真野の家でまともなのは、僕くらいのもんだ。母さんは家から出なくなって、引き篭もって変なオカルトに凝りだすし、父さんはノイローゼなのか平常なのかよくわからないけれどいつも壁に向かって喋っているって感じだよ」
「真野。お前かて全く正気じゃなかったてのは聞いた覚えがあるぞ。妹を殺した犯人を捕まえて殺すっていっつも言ってたらしいやないか」
「そんな時期もあったね。一番酷い時期だったはずだ、それは。一時的なものだった気がする。結局、誰が妹を殺したかなんてわからない。近隣に住んでいる村民の誰かがやったんだろうって思ってたんだけど、そんな素振りを見せる人間も見つからなかった。それに妹を殺しそうな動機を持つ人間もいなかった。妹は僕と違って、比較的まともで友達もいたし、村民からも恨みを買うようなやつじゃなかった。結局、警察頼みだったけど、天下の警察でさえ犯人は見つけられなかったんだ。僕でさえも、結局は自殺したんだと考えるようになって、いつかそんなことすら引きずっている自分が馬鹿らしいと思えてきて、妹のことを忘れるようになっていったんだよ」
「ああ、まさか……じゃあ、君……いや貴方はもしかして、屍体の第一発見者だった沖田くんと卓くんを疑っていたの? それで、何か勘違いして今回のようなことをやろうと、考えた」突如有栖が震えた声で指摘する。「ああ、ああ……じゃあ、私は一体何の為に、ここにいるの? 何故、こんな目に合わなきゃならない? 私は真野の事件とは全く関係ないのに」先程から自分の肩を抱いて震えている様子の有栖。いつもの衒いのある容貌も気品も、今はその影を潜めている。
「もう、様はつけないけれど、有栖ちゃん。君は僕を甘く見すぎてる。そんなこと、中学生だった僕はとっくに推理しまくっていたさ。推理しまくった上で、彼等二人は確かに怪しすぎるくらいだったけど、結局彼らには直接聞いても、妹が死んだ時刻に学校で授業を受けていたっていう完全なアリバイがあった。だから、それ以上は勘ぐれなかったし、追求するようなこともできなかったんだ。彼ら二人は、桜のことを知ってはいたけれど、遊ぶほどの仲じゃないと言ってたんだからね。桜は彼らの一つ年下の学年だったけれど、あまり遊んではない様子だったしね。家にだって連れてきたことはない」
「違います……。貴方の妹さんが自殺だったとしても、彼らにアリバイがあったとしてもです。彼ら二人が何らかの形で、妹を自殺するような原因を作ったんじゃないかと考えたのではないですか? 私にはそのように貴方が考えて、今回のようなことを思いついて、何か狂わせてでもして、情報を得ようとしたのではないかと思います」有栖の推理に、柚木耶は少しだけ感心した。この意味不明なゲームの根源が、真野の妹の死が絡んでいるのではないかと言う指摘に限ってのことだが。
「――ご名答だ。あの頃、僕は二人を疑っていた。確かに一時的なものだったよ、犯人への憎悪はね。でもそこにいる男、ホムンクルスと会ってから、僕の犯人に対する憎悪は復活した。初対面だったその男は、いきなり『妹を殺した犯人を知っている』なんて言い出すんだからね。そりゃあ、それからは、信じられないようなお話を彼から聞かされたんだよ。その話で、僕の発見者二人に対する疑念は深まってきた。まあ僕自身、このゲームを開く要因になったものとして、暁くんと柚木耶くんに色んなあの手この手を尽くして何か吐かせようというものがあったのは間違いない」
「ちょっと待てや。俺はほんまに事件とは全然関係ないんやぞ。ただ真野桜の屍体を発見したんが俺らだっただけや」途中で割り込む柚木耶。しかし有栖が「黙りなさい」と一喝する。さっきよりかは、大分語気が元に戻っているようだった。今自分が、こんなことをでしゃばってもどうにもならないので、大人しく話を最後まで聞くことにした。
「嘘をついたのね、貴方。あの出鱈目の話には、そんな妹の話は含まれていませんでしたわ。それに沖田くんも卓くんのことなんて一切言わなかった」
「だから最初に言っただろう、僕は『大嘘つき』だって」
ああ、殺してぇこいつ。
*
沖田暁は、真野友哉の話を聞きながらも、内心では、自分が何か肝心なことを忘れているような気がしてならなかった。屍体を発見したことすら、柚木耶が言い出すまでは完璧に忘れていたことだし、真野桜が死んだこともすっかり頭にはなかった。屍体――どんな屍体だっただろう。思い出せない。何か自分は忘れている。そうだ、自分はいつも忘れているのだ……何かを。何かとはなんなのだ? 自分は、何か間違っているのだろうか。家族と暮らしていた時のことだって、何か肝心なことを忘れている。わからない。思い出せ。思い出すんだ。何かあるはずだ。自分には何かがあるはずなんだ。さっきいきなり、柚木耶を押し倒して犯したのも何か忘れていたことがあったからかもしれない。いや、本当は自分が思い出したくないから、思い出せないだけなのかもしれない。思い出したくないが故に、自分が思い出さないように防衛機制を働かせる。防衛機制? 自分を守る為? 思い出したくない何かとは、守らなければならないほど危険なものなのだろうか。
ふと、自分の中からくぐもった井戸の中から聞こえてきたような声がする。「忘れろ。忘れてしまえ。思い出すな。思い出せないんだよ。思い出してはいけないんだ」畜生、お前は一体誰だ。「忘れろ。楽しいことを思い出すんだ。さっき柚木耶とあんなに悦しんでいたじゃないか。あの時のことを思い出せ」そして、その声は聞こえなくなった。
――ああ、そう言えば柚木耶は可愛かったなぁ。元々、子供のような顔をした柚木耶は、辻坂でも可愛らしいという定評があった。純粋無垢で小さくて手で包んでやると伝わってきた温もり。この顔はショタっぽいから嫌だと柚木耶はよく言ってていたけれど、暁はそんな柚木耶の顔が可愛くて仕方ないと思う時もあった。わがままを言う柚木耶。自分に甘えてくる柚木耶。そんな顔は自分以外の前では出さない柚木耶。柚木耶のエネルギッシュな面を凄いという羨望の半面、柚木耶のそういった脆そうでいて、美しくて、可愛い一面が暁は大好きだった。少し眉にかかるくらいのその前髪も、口元の形も、背丈も、言葉遣いも全てが好きだった。そんな柚木耶を犯したいと思う瞬間は呆気なく訪れた。先刻、柚木耶が階段を上がる途中で、珍しく躓いたのだ。膝をすった。血が出ている。それを舐めている柚木耶。ああ、舐めたい。そう思った。暁の中で何かが崩れるのがわかった。自分でもその後は何をしているのかよくわからなかったが、とりあえず柚木耶の傷口にむしゃぶりついた。柚木耶はそれには抵抗しなかったが、やがてもう気は済んだかなどと言った。でも自分はまだやめなかった、やめたくなかった。次に柚木耶に覆い被さった。柚木耶は小さい。日本人の平均身長程もある自分に比べれば、二十センチ近く小さい。だから、簡単だった。柚木耶は離せよやめろよだの言いながら始めは暴れて抵抗したけれど、服を脱がしてやれば、その後は順調だった。犯した。舐めてキスして舌を入れて下のものも入れて、段々柚木耶にも抵抗の念が消えてきたのか、柚木耶は従順になった。「痛い」と喘ぐ柚木耶に興奮して、射精して、そのまま何度も色んな体位を試した。柚木耶は可愛い。あの時の柚木耶なら、何をやっても何を言っても興奮できる。自分の屹立している下腹部のものを手で抑えて見せた。確かにそれは、疼いていた。柚木耶。柚木耶。柚木耶。大好きだ。好きだ好きだ好きだ。もっとあんなことがしたい。柚木耶。柚木耶柚木耶柚木耶可愛い柚木耶好きだ柚木耶犯したい柚木耶もっと喘いでくれ柚木耶柚木耶柚木耶。
*
瀬能優希は震えていた。
義兄はじっとこちらを見つめている。見ないで下さい。そんな乾いた目で見ないで下さい。さっき、自分の目の前で六樹館有栖を無理矢理犯して見せたのも、自分を連れ戻してまたあんなことをする、ということの体現なのでしょう。怖い、あの男が怖い。そして憎い。いつになれば、あの男から逃れられるんだろう。もう、目を合わせてはいない優希だったが、明らかにまだ彼の視線はこちらに向けられている。わかる。気配でわかる。殺される。肉体的にも精神的に、犯され陵辱され虐げられる。そんな日々がまざまざと予想できる。あの男は多分、自分を連れ戻すためにここへ来たのだ。もう、こんなゲームなどどうでも良い。彼がいなくなってくれるなら、どうでも良い。
「これで材料は揃った。そろそろこの物語の真意とやらをお話しようかな」有栖と真野友哉が何か口論し合っている会話に割り込むホムンクルス――いや瀬能水人という名を持つ義兄。死神みたいな能面に優希は畏怖する。「庵加奈、佐藤時宏。起きるんだ。君達にもちゃんと参加してもらわないといけない。これはもう決定事項なんだ。すまないが、そこの二人を起こしてやってくれないかな」
優希はとにかく従順でいようと思った。何か言葉を揚げて反抗でもしたら、その後が恐ろしい。何をされるかわからない。加奈だった他の皆だって殺されてしまう可能性もあるのだ。あの男は平気で、平然と、まるで公園の片隅に存在する蟻の巣穴に如雨露で水を注いで壊滅させてしまうくらいいとも簡単にそれをやってのけるだろう。そんな男なのだ。仕方なく優希は加奈の躯を強く揺さぶった。揺さぶって揺さぶって三十回くらい揺さぶって、加奈は目を覚ました。と、同時に時宏も卓柚木耶に起こされ、目を覚ましたようだった。加奈は目をこすりながら、ふわぁと長い欠伸をした。目の前の優希の顔を見て、安心したように微笑んだ。少し優希も安心する。「あんれぇ、どうしたの優希ちん? これ、どうなったんすか? このゲームってぇやつは」加奈は囁いた。優希も囁き返した。「今はそんなこと、もう問題じゃありませんです。今深刻なのは皆の命が危険に晒されているということ。加奈が寝ている間に色々あったんですよ」加奈は眠そうにまた短い欠伸をして。「まあ、なんかどうでもいーいー。どうでもいいっすよ」とのん気に言った。普段の加奈に戻っている、と優希は少しほっとした。加奈はさっきみたいによくおかしくなることがある。何故かまでは断定できないけれど、多分物事を考えすぎてパンクして、ああなるのだろう。さっきの加奈はおかしくなっていたはずだ。スポイル。ブレイク。さっきの彼女は梶井基次郎の『檸檬』なのだ。しかし、眠って大分激昂していた気分は大分和らいでいるようだった。既に、正常な思考が出来る状態にはなっているだろう。
「では、二人も起きたようだし。話そうか。じゃあ、何から喋ろうか。まず、そこにいる真野友哉と私が出会ったところからだ。私はこの街で妹を探していたとき偶然、真野友哉という男に出会ったのだ。人気の無い土手で、空を見てぼうっとしているその男は、見るからに悩める青年の典型的なものだということがが窺えた。そこで私は、彼に声を掛けた。何を悩んでいるんだ? とね。すると、彼は何かスイッチが入ったのか突然自分の身の上話を始めた。私がいきなり話し掛けてきたことに何か運命を感じせざるを得ないとか言ってね。男は真野友哉と名乗り、自分は妹を殺された。妹を殺した犯人は、目星がついているんだ。でも証拠がない。どうしたら良い? と言ってきた。更に詳しく話を聞けば、真野友哉はその犯人を見つけ出して殺したいとまで言い出した。沖田暁と卓柚木耶、君ら二人が彼にしてみれば容疑者らしかった。アリバイがあるから殺したと言う証拠にはならない、どうせ学校側とは口裏を合わせているに違いないと彼は本気で言い出したんだ。狂っている、と最初は正直思いもしたがこれは同時に、使えるか、とも私に思わせた。それで、調子に乗った私は、自分も行方不明になった妹を探しているから、その気持ちがわかるような気がする。と言って、彼が前々から考えていたある計画の実行の手伝いをしてやることにしたのだ。『情報屋ホムンクルス』と名乗ってね。彼の計画を最初に聞いたときは、リスクが高すぎると思ったよ。そんなことまでしなくても、とね。だが彼は念を押してこう言った。怯えさせる狂わせる極限状況において、そいつらに罪を償ってもらわなければならないんだと。そういうことらしかったから、私も本気でその計画に乗った。その計画が『バトルロワイアル』という小説を擬似的に扱ったものであることはわかっていた。条件は揃っている、と彼は狂人じみた笑いを浮かべながらこう言った。沖田暁、卓柚木耶。この二人は現在中学三年生だ。騙しおおせることも可能かもしれない。武器も僕が用意する。首輪もだ。拉致方法も任せろ。プログラムの運営に関する全てを僕に任せて欲しい。君はクラス、いや三年の生徒全員のことを緻密に調べて欲しい。調べるところは調べ尽くすんだ。君は情報屋なんだろう? 何だって良いから調べるんだ。そして行動は開始された。真野は、プログラムの運営に時間を費やし始めたようだった。私はその時、どうもこんなに軽く引き受けるのはまずいかと感じたのも束の間、ある生徒のことを調べ始めた時にその気持ちは吹っ飛んだのだ。妹がいたのだ、そのクラスに! 更に調べ上げれば、妹は庵加奈と老婆と三人暮らしをしていることもわかった。しかも六樹館から禁忌を犯して逃げ出した娘までもがいる。なんてことだ、と思ったよ私は。そのまま妹を連れて帰ることも出来ただろうがね、どうしてもこういった状況で彼等彼女らの動向を心から見たいと望む私がいた。観客願望ってやつだよ。見たかったんだ。こんな世界をね。だが、私はその世界を、その結末をより残酷なものに仕上げようと考えたのだよ。真野には黙って、ちょっとした細工をしただけだけれどね。まずは、ペットボトルの中にこっそりと睡眠成分のある薬剤を混ぜたのだ。そして、恐ろしいものを私は持ち出した。催淫剤だよ、それもじわじわと効いてくるものをね。それを君達が眠っている間に嗅がせたんだ。ホムンクルスという名を騙らせた私は、こっそりとその効果があるのかどうかを物陰から覗いていた。最初のルール説明やら何やらの時はまだ効いていなかったね。効果は人それぞれ早い遅いに格差があったが、やはり時間が経てば中には淫靡になっていく者もいたようだ。そして私自身も、それを嗅いだのだ。そして私はさっきの通りになった。ねえ優希? 見ていただろう、私のあの痴態を? 優希もあんな風に、なるんだ。もう、そろそろ薬が効いてくるはずだよ。おかしくなるはずさ。気持ちよくなるんだ。さあ、最後の狂宴の始まりさ。そう、これが真意だったんだよ。私は、こんな世界が見てみたかった。そしてそんな世界は今、成立している。素晴らしいじゃないか。皆は、全てを忘れて淫靡な気持ちに浸れる。それで良いじゃないか。さあ、今私の右手に握られているのは遅効性のものではなく即効性の催淫剤だ。これを今、巻き散らせば、どんな世界が待ち受けているだろうか。見てみたいとは思わないか?」
教室に響き渡る怒声と悲鳴。優希は知らず知らずのうちに、立ち上がっていた。そして、教卓にいる水人の方へ突進した。何故そんな行動に出たのか。防衛本能だろう。死にたくない。
だが、間に合わなかった。スプレィと思われるそれからは既にかなりの量の液体粉末が発射されていた。
ぶしゅうっとど派手に大きな快音が教室中に響き渡る。後悔先に立たず。優希はそこでぺたんと尻餅をついた。おしまいだ。もう、おしまいだ。外へ出たい。でも、その即効性のクスリのせいで、すぐに思考は破綻し破壊される。もう、自分が自分じゃなくなる。これが最後の思考だ。自分の腕が何が起こったのかまだ理解できていない様子の加奈に絡み付いている。加奈を座していた椅子から引きずり倒して、そのまま服を剥ごうとしている。もう、駄目だ。もう、考えられない。もう、駄目だ。もう、考えられない。もうもうもうもう駄目だ駄目だ駄目駄目。
では『飼体と肢体と屍体としたい』の7を読みたい方は
コチラ